オッス!オラ缶たろう!
うめえ缶詰食うとワクワクするよなぁ~
それはそうと実は悟空って、原作でもアニメでも本編では一回も『オッス!』って言ったことないの知ってた?
アニメの次回予告で野沢雅子さんが、アドリブで『オッス!オラ悟空!』って言ったのが定番化したらしいよ!
このように世の中には知らないことがたーくさんあるんだよ!
そんな迷えるクリリンたちに、今日は缶たろうが缶詰の歴史について語ります!
真面目に記事書いちゃったので真面目に読んでもらえると嬉しいな!
缶詰の誕生
フランスの皇帝”ナポレオン・ボナパルト(ナポレオン1世)”は遠征の際の食料の補給に悩みを抱えていました。
そこで当時のフランス政府は食品の保存技術を公募し、同じくフランスの”二コラ・アペール”によって、1804年に長期の保存が可能な瓶詰が開発・考案されました。瓶詰はフランス軍の食料補給問題に大いに貢献することになります。
しかしこの瓶詰には重くて壊れやすい(ガラス製のため)という欠点があり、その欠点を改善すべく、イギリスの”ピーター・デュランド”によって食料はガラスよりも軽くて丈夫な金属(ブリキ)の容器に入れられました。
1810年、世界初の缶詰の誕生です。
(ちなみに3年後に世界初の自転車が誕生します!)
缶詰の発展
世界初の缶詰の誕生から2年後には、”ブライアン・ドンキン”と”ジョン・ホール”によって世界初の缶詰工場が誕生し、翌年の1813年には陸海軍への納入も開始。
その後、1821年に缶詰の製造技術はアメリカに渡り、本格的な缶詰の量産化が開始されました。
1861年に勃発した南北戦争では軍用食料としての缶詰の需要が高まり、缶詰の供給は一気に増えることになります。
アメリカの広い国土と豊富な資源、そして南北戦争が缶詰を大きく発展させたのです。
日本の缶詰の歴史
日本の缶詰の元祖は、1871年(明治4年)に長崎県で、フランス人の指導の下”松田雅典”によって試作されたイワシの油漬けです。
6年後の1877年(明治10年)には、北海道の石狩市に日本初の缶詰工場、石狩缶詰所が誕生しました。
同年の10月10日には石狩川原産のさけの缶詰の製造が開始。後の1987年(昭和62年)に10月10日は缶詰の日に制定されます。
日本での缶詰は、明治時代までは主に国外への輸出、国内では軍需用としての生産がメインであり、また1缶20銭ほど(当時の白米1俵が7.65銭)とたいへん高価であったため、庶民へは普及しませんでした。
1923年(大正12年)の関東大震災以降、アメリカから多くの缶詰の支援物資があったことにより、缶詰は国内でも広く普及するようになりました。
まとめ
ここまで読んでくれたみんなは、もう立派な缶詰ラバーだ!
缶詰はとても奥が深い、故におもしろい!
これからも缶詰に関する投稿たくさんしていくから、みんな絶対に読んでくれよな!